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【その4】


箕面で出会った紙芝居って…
これでも、これでも、なんか言い足りない。いやー、言葉で表せるようなモノじゃないのかも。
箕面で出会った紙芝居というのは。今自分が走っている路線(Sさんの技法だけを真似て、
実はすごく自己流で懐古趣味な路線)とはやっぱり違う気がする。
Sさんの紙芝居は懐古趣味ではない。"伝統にのっとっているが、なおかつ、現代的"とでも
言えばいいのだろうか。私の感覚的な表現ではこの程度にしか言い表せない。
技としても洗練されていて、"現代"を感じさせるのだ。
東京でこねくり回していてもしょうがないんだろーなー。
少し、一房さん(阪本一房)の本を読み始めた。箕面元年(2002年夏)からあと3ヶ月で4年目
(実際は3年間)に入るが、何かがつかめたなどとは思わない。脱線している可能性もある。
まだほんの駆け出しだ。
2004年春の一歩前進
遠くの人にも届く声で!というのは、その前夏(2003)にも箕面でSさんから一言指導を受けていた。
それが啓発というか開放されたのが江戸東京たてもの園(松川さん指導)での実演経験だ。
同じ頃に所沢のフリマ〜広い場所〜で、自分の声は遠くに届いていない、ということが判り、
声量(発声法)に問題意識をもっていた。そのことを前もってボランティアリーダーの松川さんに話して
おいた。
しかし「声が弱い」などと弱みを話してしまったからには俺にも意地ってものがある。
なんとしてでも「そんなことはない!俺には保育で鍛えた声があるじゃないか」「当たって砕けろ」の思い
があり、自分の出番で、端(はな)っから派手に声を張り上げた。思いがけず好調であった。
松川さんも(なんだ、言ってるほど弱くもないじゃないか)と思われたのか、声の件には触れなかった。
むしろあとで「元気のよさ」が特色だな、と誉めてくれた。
このとき開放されたのは「声」ではなく、「感情」だったのだと思う。
(なんだ、俺もやれば出来るじゃないか)という思い!
それしか誉められないぐらい、迫力のある声、感情の開放だったのだ。
なにか壁になっていたものが突き破られた。
「言われてみて、意識して改善しようと思っているんだけど」
「やろうとしているんだけど、どうもできない」ではないのだ!
『打ち破ってやる!!』
‐
これなのだ。
やってできないことなどあるものか!で、なにを打ち破るのか?
…自分の殻だ!古い、慣れ親しんでしまった自分自身だ!
自分の紙芝居が変わっただけではなく、自分自身がまたひとつ改善されたとは。
…こんなこともあるものなのだ!
そして…
その結果、子どもたちの反応が変わった。傍観者だった大人たちの反応までも変わりはじめた。
それまでも(技法が変わったので)ある程度は変わっていた。
しかしこんなにも変わるとは思わなかった!
先週、とどろき水辺の楽校で実演したあと、「狸ツアー」と称して野生(?)のタヌキを見物した。
ここで面白いことに気づいた。タヌキは保護色というのか、地面と同化するのでなかなか見つからない。
ところが一度見えてしまえば、あとは何度でも見つけることが出来るのだ。
それと、双眼鏡のコツ。肉眼では見えいても双眼鏡を覗くと見逃してしまう。
これも一寸したコツだが、肉眼の段階で、近くに目印となるポイント(立ち木など)を見定めて、それから
覗けば拾い出すことが出来る。…なあんだ、というぐらい小さなことだが。
何が言いたいのか。・・・「一度つかんでしまえばこっちのものだ!」ということである。そして、
「見失わないための目印」、ということである。私にとっての目印はSさんのあの一言であり、
江戸東京たてもの園での体験なのである。それ以降、見失ったことはない。一度たりとも。
..2005/ 5/3(Tue)の「日刊ユーダイ#5」より - 2005年6月1日UP